「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」
(2019~21年東京、宇都宮、大分、仙台、広島、大阪に巡回)
学生時代、美術展といえばデートの場としか考えていなかったが、新聞社や放送局の事業部門(イベント担当セクション)で働き、展覧会を40本近く企画した経験から、展覧会のウラとオモテのお話を綴っています。(①はこちら)
作品の調査と選定
ファドゥーツに着いた翌日ファドゥーツ城へ。人口約3万5千人のリヒテンシュタイン侯国の首都ファドゥーツにある侯爵の住まい「ファドゥーツ城」に美術品は収蔵されています。そこで私たちが作成したリストにもとづいて実際に作品を確認していきます。
ティーカップやスープ皿など点数の多い組み物を何点展示するべきか、絵画は輸送する飛行機に乗る大きさか、など現場でチェックして展示作品を絞っていきます。まる一日かけてファドゥーツ城でのチェックを済ませ、夕方ウィーンに向けて移動しました。
リヒテンシュタインには空港がなく、車で一番近い空港へ。スイスのザンクト・ガレン・アルテンルハイン空港からウィーンへ。オーストリアの航空会社ピープルズの飛行機に乗り込む時、天地真理(昭和です)似のCA(客室乗務員)が僕に「ニーハオ!」の挨拶。ああ、こんなところでもと、中国の影響を感じながら「I’m a Japanese!」と訴えました。彼女はフライト中に謝りに来ました(笑)。
展覧会の後ろにある様々な業務
帰国後は巡回会場を探すためや協賛社を募るための企画書を作り、営業活動です。各地の美術館、新聞社、放送局の事業部へ展覧会を売り込みます。総経費が1億円とすると例えば5会場開催として1会場2,000万円以上で販売しなければなりません。億単位の仕事ですから数会場は巡回させないと収支的に合わない、というプレッシャーは相当なものです。直接、出向いて売り込んだり、旧知にはメールを送ったり。様々なネットワークを駆使しての営業です。開催の1年前には長く交渉を続けていた広島も内定。6会場が決まったのです。
一方、企画館の担当学芸員Mさんは現地でチェックした作品を更に精査し、あらためて構成を考え「ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展」と名付けてくれました。名コピーライターです。リヒテンシュタイン側とメールでやりとりを続け、開催まで8か月となった2019年2月、2度目の出張です。作品の最終決定、開催条件の最終交渉です。ANAの羽田-ウィーン直行便が飛び始めたおかげで先にウィーンに入り、その後、ファドゥーツへ。お互いのコミュニケ-ションも上手く進み、大きな問題もなく2度目の出張を終えたのでした。
筆者:のぎめてんもく